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東京地方裁判所 平成4年(ワ)16457号 判決

反訴原告

李瀅鐘

反訴被告

大洋自動車交通株式会社

主文

一  反訴被告らは、各自、反訴原告に対し、金四一一万〇四二九円及び内金三七一万〇四二九円に対する平成三年三月一〇日から、内金四〇万円に対する平成四年九月二五日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を反訴被告らの、その余を反訴原告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一反訴原告の請求

一  反訴被告らは、各自、反訴原告に対し、金五〇〇〇万円及び内金四五〇〇万円に対する平成三年三月一〇日から、内金五〇〇万円に対する平成四年九月二五日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の反訴被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、交通渋滞のため前車に続いて停止していた被害車両に反訴被告白井和夫運転の加害車両が追突したことから、被害車両に同乗していた反訴原告が、頸椎捻挫等の傷害を受けたとして、同反訴被告及び加害車両の保有者である反訴被告大洋自動車交通株式会社に対し、人損について賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成三年三月一〇日午後一一時二〇分ころ

事故の場所 川崎市川崎区大師河原一―三先の首都高速横羽線上り線上

加害者 反訴被告白井和夫(以下「反訴被告白井」という。加害車両運転)

加害車両 反訴被告大洋自動車交通株式会社(以下「反訴被告会社」という。)保有の普通乗用自動車(品川五五き六六八四)

被害者 反訴原告。被害車両である訴外朴世均運転の普通乗用自動車(足立五九ま五〇一四)に同乗。

事故の態様 反訴被告白井が加害車両を運転し、前示路上を東神奈川方面から東京都方面に進行させた際、交通渋滞のため前車に続いて停止した被害車両に追突した。

事故の結果 反訴原告は、本件事故により頸推捻挫等の傷害を受けた。

2  責任原因

反訴被告白井は、加害車両を運転中、前方注視義務を怠つて被害車両に追突したから民法七〇九条に基づき、また、反訴被告会社は、加害車両を保有していたから自賠法三条に基づき、それぞれ本件事故について損害賠償責任を負う。

3  反訴原告の通院

反訴原告は、事故日から平成三年三月一一日までは宮川病院で頸椎捻挫、頭部打撲の傷病名により通院治療を受けた。また、小松川病院に頸椎捻挫、頭部外傷の傷病名により同月一二日から同年七月八日まで通院治療を受け、このうち三月一四日から二〇日までは入院した。その後、反訴原告は、東和病院で頸椎捻挫、外傷性頸部症候群の傷病名により、同月一〇日から少なくとも同年一〇月三一日まで通院治療を受けている。

4  損害の填補

反訴被告会社は、宮川病院の治療費四万五五七八円及び小松川病院の治療費四四万二四〇〇円を支払い、また、反訴原告に合計四〇万円を支払つた。さらに、反訴原告は、自賠責保険より被害者請求により一〇六万二三二二円を受領し(乙四〇)、合計一九五万〇三〇〇円の填補を受けた。

三  本件の争点

本件の争点は、反訴原告の損害額であり、これに関する当事者の主張は次のとおりである。

1  反訴原告

本件事故は、時速六〇キロメートル前後の速度で走行していた加害車両が、急制動したものの、時速四〇キロメートルの速度で被害車両に追突し、反訴原告が気を失つたというものであり、反訴原告は、右追突により頸椎捻挫等の傷害を受け、後遺障害別等級表九級相当の頸部の頑固な運動障害及び難聴という後遺障害を残し、このため、次の損害を被つた。

(1) 治療関係費

〈1〉 治療費(本人負担分) 一〇万二八七〇円

内訳 小松川病院の入院室料九万〇一三〇円、東和病院三〇九〇円、瀬戸耳鼻咽喉科病院九六五〇円

〈2〉 診断書等費用 四万三一四八円

内訳 小松川病院分六一八〇円、東和病院分三万六九六八円

〈3〉 通院交通費 一九万六〇四〇円

内訳 いずれも通院タクシー代であり、宮川病院分二万円、小松川病院分五万六一六〇円(往復一〇八〇円、五二日分)、東和病院分一一万九八八〇円(往復一〇八〇円、一一一日分)

〈4〉 妻の付添介護費 一〇〇万円

韓国在住の妻の七回にわたる来日費用である。

(2) 休業損害 三〇〇〇万円

反訴原告は、ソウル特別市に住所を持つ株式会社味都商事(以下「味都商事」という。)の代表取締役として、キムチ等の食品を韓国で製造し、日本で販売する仕事をし、順調に売上が伸び、東京都江戸川区松江五―一一―二二に日本での製造工場と事務所を設けていた。しかし、本件事故のため、日本語のできる反訴原告が、相手先との交渉、韓国からの女性販売員の管理、入国管理事務所との交渉をすることができなくなつて、すべての営業が停止し、同社は平成三年七月九日廃業した。

反訴原告の同社の代表取締役としての報酬の喪失及び同社の企業としての収益の喪失は少なくとも三〇〇〇万円を下らない。

(3) 逸失利益 二〇五一万円

反訴原告は少なくとも年収一〇〇〇万円を得ていたところ、労働能力喪失率三五パーセント喪失した。反訴原告は、一九三一年三月一日生まれで就労可能年数八年(新ホフマン係数六・五八九)であるから、逸失利益は二〇五一万円を下らない。

(4) 慰謝料 七五〇万〇〇〇〇円

入通院慰謝料一五〇万円、後遺症慰謝料六〇〇万円の合計である。

(5) 弁護士費用 五〇〇万円

右合計六四三五万二〇五八円のうち五〇〇〇万円(なお、右(5)はそのままの額)を請求する。

2  反訴被告ら

本件事故は、加害車両が時速一五キロメートル以下の速度で被害車両に追突したという軽微なものであり、反訴原告に頸椎捻挫が生じても、他覚的所見のない極く軽度のものである。そこで、反訴原告は、本件事故発生後六週間、遅くとも四カ月を経過した平成三年七月八日には治癒しているはずであり、また、後遺障害も生じていないから、本件事故による損害は、次のとおり一六一万四七五三円に止まる。

(1) 治療費 四八万七九七八円

内訳 宮川病院分四万五五七八円、小松川病院分四四万二四〇〇円

(2) 休業損害 六二万六五五七円

味都商事の日本の営業所は平成元年一〇月頃には既に閉鎖状態にあり、本件事故当時は業務の停止状態にあつたから、同社が反訴原告主張の頃に廃業しても、本件事故との間に因果関係はない。

従つて、平成元年度の年齢別賃金センサスによる年収三七五万〇四〇〇円を基礎に休業損害を算定するのが相当であり、平成三年七月八日までの実通院日数六一日の分は六二万六五五七円となる。

(3) 慰謝料 五〇万円

仮に、反訴原告主張の損害と本件事故との間に相当因果関係があるとしても、反訴原告は、後縦靱帯骨化・頸部脊椎症の既往症を有しており、右身体的素因が寄与して損害が拡大したから、民法七二二条を類推適用して七割の過失相殺を主張する。また、反訴原告はシートベルトを着用していなかつたから、二割の過失相殺を主張する。

第三争点に対する判断

一  反訴原告の傷害の状況

1  甲一ないし七(枝番を含む)、一二の1ないし3、一三ないし二四、二七ないし三六(枝番を含む)、乙一ないし一三(枝番を含む)、四一の1、五一、五二、反訴原告本人(一部)に前示争いのない事実を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 本件事故は、首都高速横羽線上り線の大師料金所の手前で起きたものであり、反訴被告白井は、加害車両を時速約四〇キロメートルで運転し、被害車両の後方を走行していたところ、降雨のためフロントガラスが曇つたため、助手席側ダツシユボードの下にある曇り止めを取るために脇見運転をしたことから、被害車両が減速、停止したのに気がつくのが遅れ、急制動をかけたものの、停止直後の被害車両に追突したというものである。

追突の結果、被害車両の後部バンパーは凹損し、また、左右後部フエンダーにも凹みが生じ、トランクの扉との間に隙間が生じた。さらに、被害車両助手席にシートベルトをかけることなく乗車していた反訴原告は、本件事故により頸椎捻挫等の傷害を受け、また、頭部を打撲したことから一時意識が消失した。被害車両を運転していた訴外朴世均も本件事故により頸椎捻挫等の傷害を受けた。

(2) 反訴原告は、本件事故の日である平成三年三月一〇日と翌一一日に頸椎捻挫、頭部打撲の傷病名で宮川病院に通院し、X線撮影をしたところ、第二、第三頸椎に後縦靱帯骨化が、また、第六、第七頸椎間に骨棘による椎間孔狭小が認められた。しかし、同病院は川崎にあることから、同月一二日からは後記認定の賃借建物の所在する江戸川区松江の付近にある小松川病院に通院した。同病院での初診時の所見は、X線撮影上頸椎に変形性脊椎症性の所見や第六、第七頸椎間の椎間孔狭小が認められるというものであり、頭部外傷、頸椎捻挫の傷病名により、七月八日まで通院したが、このうち、三月一四日から二〇日までは本人の希望により入院した。入院当日は、眩暈、倦怠感、頭重感があり、頸部痛は続いた。通院時は、不定愁訴が多く、投薬療法、湿布療法が行われたが、六月一〇日ころからは、左耳や左耳周囲の異常及び眩暈を訴える時が散見されるようになつた。最終日の診断では、左側頭部痛、左耳介周囲の違和感等があるが、頭部レントゲン、頭部CT、脳波上大きな異常所見は認められないというものである。同病院での入院日数は七日、実通院日数五二日であり、看護日誌には、入院態度は悪く、夜間に大声で電話をしたことが記載されている。

(3) 同年七月一〇日から東和病院に頸椎捻挫、外傷性頸部症候群の傷病名で通院を開始した。初診時の所見は、頸椎の可動域正常、X線撮影上第二、第三頸椎に後縦靱帯骨化、第六、第七頸椎間に椎間孔狭小が認められる、頸部痛、左耳、左耳周囲の違和感、知覚鈍麻などがあるというものであり、リハビリテーシヨン治療を主眼に置き、投薬、牽引治療が行われた。頸部痛や右手関節痛は一進一退の状態であり、左膝の痛みも出現し、検査の結果、変形性膝関節症と診断されるなどした。また、一〇月九日に聴力検査が行われたところ左右とも低下していた。症状が固定した平成四年二月二六日まで合計一一二日通院したが、右症状固定日の診断は、頸部痛、右手知覚障害、左耳難聴との自覚症状があり、また、頸推に運動時痛、右手知覚障害(異常知覚)との他覚症状があるというものである。

右治療期間中の平成三年一二月一三日、反訴原告は、東和病院からの紹介により瀬戸耳鼻咽喉科医院で検査を受け、その結果、両感音系難聴であり治癒困難であると思われるとの診断を受けた。なお、平成四年八月六日の同医院における測定結果によれば、反訴原告には、四分法で右三二デシベル、左三五デシベルの聴力低下が認められている。

(4) 症状固定後の平成四年三月四日からも東和病院に通院し、投薬、理学療法を受け、八月二六日までは二五日間通院し、平成五年一月二二日、二月三日にも通院した。同年一〇月五日に作成された総括的な診断書では、X線撮影上、変性変化がみられるが、神経学的異常はない、症状は軽快傾向にあるが時々悪化するため通院を継続したとのことである。なお、反訴原告の後遺障害については、一四級と認定されているが、平成五年四月に実施した反訴原告本人尋問時には、これらの症状中で特記すべきものは認められない。

以上の事実が認められ、右認定に反する反訴原告の供述部分は、前掲各証拠に照らし、採用しない。

2  右認定事実に基づき、反訴原告の本件事故に起因する傷害等の内容を検討すると、本件事故は、追突された被害車両の後部バンパーのみならず、左右後部フエンダーにも凹みが生じるという車両本体まで衝撃が及ぶものであり、また、追突によつて反訴原告は意識が一時喪失したのであつて、反訴原告の身体は本件事故により相当の衝撃を受けたことは明らかである。そして、東和病院の治療全般についても、本件全証拠を精査するも特に不必要であつた点が窺われないから、症状固定時までの治療は本件事故と相当因果関係のあるものと認めるべきである。この点、反訴被告らは、本件事故発生後六週間、遅くとも四カ月を経過した平成三年七月八日には治癒しているはずであると主張し、甲二七(大谷清医師の鑑定書)はこれに沿うが、同書証は、反訴原告に後縦靱帯骨化等の既往症が存在しないものと仮定した場合における頸椎捻挫の通常の治療期間について意見を述べたにすぎず、本件に適切ではなく、反訴原告らの右主張に理由がない。

3  次に、反訴原告の後遺障害について検討すると、前認定の事実によれば、反訴原告の頸部には後遺障害別等級表一四級一〇号にいう神経症状を残したものと認めるのが相当である。反訴原告は、頸部に頑固な運動障害を残したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。また、難聴については、反訴原告は本件事故後三カ月を経過した平成二年六月一〇日ころから左耳や左耳周囲の異常等を訴え始めていることから、本件事故との因果関係を認めるのが相当であるが、その程度は、四分法で右三二デシベル、左三五デシベルの聴力低下に過ぎず後遺障害別等級表に該当する程度には至つていないものというべきであり、この点は慰謝料の斟酌事由に止めるのが相当である。

そして、平成五年四月には、これらの症状中で特記すべきものが存在しないことも斟酌すると、右後遺障害に基づく労働能力喪失は五年間にわたり五パーセントとするのが相当である。

4  ところで、反訴原告には、第二、第三頸椎の後縦靱帯骨化、第六、第七頸椎間の椎間孔狭小という既往症があり、このために治療期間がこれがない場合に比して長くなつたものと認められるから(甲二七)、損害の拡大に寄与した反訴原告の右事情を斟酌し、民法七二二条を類推適用するのが相当である。そして、前認定判断の本件事故時の衝撃の程度も斟酌すると、右反訴原告側の身体的素因に基づき二割の相殺をするのが適当である。

なお、反訴原告は、シートベルトを着用しておらず、反訴被告らは、このことを理由として過失相殺の主張をする。しかしながら、反訴原告は、腹囲が一一七センチメートルと著しく肥満しており(反訴原告本人により認める。)、道路交通法七一条の三第二項ただし書、同法施行令二六条の三の二第二項二号の趣旨により反訴原告のシートベルト不着用には相当の理由があると認められるから、反訴被告らの右主張に理由がない。

二  反訴原告の損害

1  治療費関係

(1) 治療費 九四万〇四二八円

甲三の2、五ないし七の各2、乙三の2、五の2、八の2、一七の1、2、前示争いのない事実によれば、反訴原告は、症状固定までに前示宮川病院の治療に四万五五七八円、小松川病院の治療に四四万二四〇〇円、東和病院の冶療に四三万四七二〇円、瀬戸耳鼻咽喉科医院の診察に一万七七三〇円を要したことが認められる。なお、乙一五によれば、反訴原告は小松川病院に入院室料として九万〇一三〇円を支払つたことが認められるが、前認定のとおり、反訴原告は、同病院には自己の希望により入院したのであつて、特別室使用の必要性は認めがたい。

(2) 診断書等費用 四万三一四八円

乙一四、一六の1ないし13、反訴原告本人によれば、反訴原告は、ビザ取得等に必要な診断書等の作成費用として、少なくとも反訴原告主張の小松川病院に六一八〇円、東和病院に三万六九六八円をそれぞれ支払つたことが認められる。

(3) 通院交通費 なし

反訴原告は前記各病院の通院のためタクシーを使用したと主張するが、その必要性及び具体的な金額についての立証を欠く。もつとも、通常の交通手段を用いても費用を要するところ、これについての具体的な金額も証拠を欠くため、通院交通費としては認めず、別途慰謝料で考慮することとする。

(4) 妻の付添介護費 なし

反訴原告は、同人の看護のため韓国在住の妻が七回にわたつて来日したとして、その費用一〇〇万円を請求するが、実際に妻が反訴原告の看護のために来日したことを認めるに足りる証拠を欠くのみならず、前示の反訴原告の傷害の程度において妻の付添いが必要であつたことの特段の事由も認められない。

2  休業損害 金二五一万四五四五円

(一) 反訴原告は、味都商事の代表取締役として、キムチ等の食品を韓国で製造し、日本での売上が伸びたことから、江戸川区に日本での製造工場と事務所を設け、多大の利益を上げていたと主張するので検討すると、

(1) 乙一九及び二〇の各1、2、二九、四六ないし五〇、五三ないし五八(枝番を含む。)、六〇の1、2、反訴原告本人(一部)によれば、味都商事は、一九八六年に反訴原告を代表理事としてソウル特別市で設立された株式会社であり、韓国の製品、とくにキムチを日本に販売して利益を上げてきたこと、一九九〇年度(平成二年度)は、六億一五三九万ウオン(千ウオン以下切捨て。以下同じ。)を売り上げ、営業利益は一五〇三万ウオン、当期純利益は一〇四八万ウオンであつたこと、一九九一年度は、七月末までに三億五七八四万ウオンを売り上げ、営業利益は一七一六万ウオン、当期純利益は一二九八万ウオンであつたこと、反訴原告は、一九九〇年度は、味都商事から月額一〇〇万ウオンの給与を得ていたこと、味都商事は、一九八八年度の付加価値税は滞納なく支払つていたが、一九八九年度のそれは、やや延滞しながら支払つたこと、一九九〇年度以降のそれは一九九三年一一月になつてから支払つていること、一九八八年度以降の法人税を支払つていないこと、一九九一年七月九日に代表理事社長である反訴原告が交通事故にあつたことを理由として廃業したことが認められる。乙三二及び三三の各1、2中、右認定に反する部分があるが、乙五六によれば、同部分は公認会計士による審査を受ける前のものと認められ、右認定を左右しない。右認定に反する反訴原告本人の供述は、前掲各証拠に照らし、採用しない。

(2) 乙三四、四二の1ないし47、四三の一ないし38、40ないし43、四五の1ないし23、東京電力株式会社江戸川支社及び東京都水道局江戸川南営業所からの調査嘱託の各回答、反訴原告本人によれば、反訴原告は、昭和六二年二月に李順美(日本名「木原ふみ子」)から、東京都江戸川区松江五丁目五五八七番地二に所在する建物を一月二〇万円の賃料で賃借し、味都商事の日本における事務所等として使用してきたこと、平成元年二月ころまでは、遅れる月もあつたが、ほぼ期日どおり家賃を支払つてきたものの、同年三月ころからは、家賃を滞納するようになり、二、三カ月分をまとめて支払うことが多くなつたこと、同建物において消費した電気は、昭和六二年二月から平成二年二月ころまでは毎月三万円ないし四万円程度のであつたが、平成二年二月分から五月分までの電気料金を払い込まなかつたため、同年六月に送電停止の措置がとられ、同月二九日解約となつたこと、同年七月以降は契約名義人がキハラフミヒコ、その後はキハラフミコに変わり、右建物の電気料金は滞納しながら支払われたこと、反訴原告は、水道料金につき、昭和六三年五月分までは若干の遅れがあるもののこれを支払つていたが、同年六月分からは滞納が顕著となつて一年後に支払つたりし、このため、数度にわたつて、給水停止を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(3) 乙二一ないし二八(枝番を含む)、六一ないし七〇、七一(一部)によれば、味都商事は、日貿物産株式会社と提携して、昭和六三年一一月から平成二年末までにかけて忠実屋ストアの各店舗や日本国内における国際博及びワールドインポートフエア(八八年度新潟国際博等)において、キムチ等の韓国食品やアクセサリーを販売する計画を立て、その一部が実施されてきたこと、これらの販売のため韓国でセラミツク製の容器を購入していたこと、これらの出店による売上は、平成元年度は九八二六万六一四〇円、平成二年度は四〇〇七万四一一〇円であつたことが認められる。なお、乙七一には、平成二年度にイトーヨーカドーでも売上があつたとの記載があるが、事業計画書(乙二一ないし二五)には一切記載されていないこと及び乙六七、六八のような売上帳簿がないことから、右記載は採用しない。

右各認定事実によれば、味都商事は、右建物を賃借した当初から遅くとも平成二年二月ころまでは反訴原告主張のとおり右賃借家屋でキムチの製造を行つていたことが窺われないわけではないが、遅くともそれ以降については、本国において付加価値税の納付を滞納していること、一九八八年度以降の法人税を納付していないこと、日本おける売上が平成二年度は平成元年度よりも半減以下となつていること、送電停止や給水停止を受けたこと、家賃の滞納が恒常的であることなどから、味都商事の経営が悪化していたことが明らかであり、反訴原告主張のように右賃借家屋でキムチの製造を行いそれが順調に伸びていたものとは到底認定することができない。却つて、乙三〇は日貿物産株式会社から味都商事宛の書簡であるところ「毎月二~三船のキムチを輸入することが出来ている筈であり」と記載されていることや、味都商事の売上高が日本での売り上げを上回つていること(一ウオン当たり〇・二円として換算)から、前示日本において販売していたキムチは韓国からの輸入であることが明らかである。

そうすると、反訴原告主張の休業損害は、その前提を欠き、理由がない。

(二) ところで、反訴原告は、前示のとおり本件事故により被つた頸椎捻挫等の傷害の治療のため、小松川病院等に入通院したのであり、このために休業損害を受けたことは経験則上明らかである。ところで、反訴原告の本件事故当時の収入としては、前認定の味都商事からの月額一〇〇万ウオンの報酬以外には確たる証拠はないが、味都商事は反訴原告が設立した会社であり、その純利益は反訴原告の収入となること、前認定の日本における味都商事の売り上げの実績や、反訴原告は近畿大学法経専攻科に入学していたこと(乙四〇により認める。)からすれば、右報酬を基準に休業損害を算定するのは相当ではなく、反訴被告らが主張する賃金センサス(全年齢、全学歴)によることとするのが適当である。そして、本件事故のあつた平成三年の右賃金センサス上の年収は五三三万六一〇〇円であるところ、前示の治療の経過に照らし、入院日数と実通院日数により休業損害を算定することとする。

(三) そうすると、反訴原告の休業損害は、次の計算どおりの金額となる。

計算 533万6100÷365×172=251万4545

3  逸失利益 一一七万七七九一円

前認定のとおり、反訴原告は、頸部の神経症状の後遺障害の結果、五年間にわたり労働能力が五パーセント喪失したものと認められるから、これによる逸失利益は、ライプニツツ方式により算定すると、次のとおりの金額となる(なお、賃金センサスの基準年は症状固定年の平成四年とした。)。

計算 544万1400×0.05×4.329=117万7791

4  慰謝料 二四〇万円

入通院慰謝料については、前認定の治療の経過や、通院交通費につき、その詳細が証拠上明確でないとしてこれを認めなかつたことを考慮すべきこと、後遺障害慰謝料としては、前示の反訴原告の後遺障害の程度や、聴力低下があることを考慮すべきこと、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、入通院慰謝料として金一一〇万円、後遺症慰謝料として金一三〇万円がそれぞれ相当である。

三  民法七二二条の類推適用等

右反訴原告の損害の合計は金七〇七万五九一二円であるところ、前示のとおり反訴原告の身体的素因を考慮してその二割を減額すべきであるから 右控除後の損害額は、金五六六万〇七二九円となる。

また、反訴原告は一九五万〇三〇〇円の愼補を受けたことは前示のとおりであるから、同填補後の損害額は、金三七一万〇四二九円となる。

四  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑みて、反訴原告の反訴追行に要した弁護士費用は、金四〇万円をもつて相当と認める。

第四結論

以上の次第であるから、反訴原告の反訴請求は、反訴被告ら各自に対し、金四一一万〇四二九円及びうち金三七一万〇四二九円に対する本件事故の日である平成三年三月一〇日から、うち金四〇万円に対する反訴状送達の翌日である平成四年九月二三日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の反訴請求は理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

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